「煮干しは、茹でて干すだけでしょう。高くなる理由がない」
そう言われることがあります。おっしゃることは分かります。工程を字で書けば、たしかにその2つです。
この記事では、その2つの工程の中でいま実際に何が起きているのかを書きます。値上げのお願いをする記事ではありません。仕入れる側から見えている事実を、そのままお伝えするための記事です。
大量に獲れていた時期は、そうだったかもしれません
先に正直に書きます。カタクチイワシが大量に獲れていた時期は、「茹でて干すだけ」に近かったかもしれません。
原料がいくらでもある。燃料も安い。そういう条件がそろっていれば、加工の手間は価格の中で小さな部分にとどまります。ですので、この言い方が昔からある言い方であることは、否定しません。
変わったのは、その条件のほうです。
いまは、3つの工程すべてに燃料が要ります
煮干しができるまでを、もう少し細かく見ます。3つの工程があります。
① 魚を獲ってくる
船が出ます。燃料を使います。獲れる場所が遠ければ、それだけ多く使います。
② 魚を炊く
獲れたいわしを塩水で炊きます。ここでも燃料が要ります。大きな釜を、毎日何度も沸かします。
③ 魚を干す
「干す」と聞くと、浜に並べて天日に当てる光景を思い浮かべる方が多いと思います。実際は違います。いまはほとんどが冷風乾燥です。
機械で冷たい風を当てて乾かします。天気に左右されず、仕上がりも安定します。そのかわり、動かしているあいだ、ずっと電気を使い続けます。この電気代がばかになりません。
ではなぜ、天日を使わないのか。衛生の問題です。外に広げて干せば、鳥の糞が落ちることがあります。ほこりも虫もつきます。食品としてお出しするものですので、いまはあまり使われません。
「天日干しのほうが良いものでは」と思われるかもしれませんが、冷風乾燥は、手を抜くために選ばれている方法ではありません。安全に、安定して仕上げるために選ばれています。そのぶん電気を使う、ということです。
「天日干しだから燃料は要らないだろう」というのは、いまの煮干しには当てはまりません。干す工程が、いちばん電気を食う工程です。
つまり、獲る・炊く・干すのすべてが、燃料と電気の上に成り立っています。そしてこの3つが、そろって高くなりました。燃料代が上がり、電気代が上がり、その結果として加工賃が上がっています。
「茹でて干すだけ」は工程の数としては正しい。けれど、その1つずつが燃料で動いているということです。
さらに、原料のいわし自体が高くなっています
ここからが、追い打ちです。
煮干しにするいわしの相場そのものが高騰しています。理由は、煮干し以外の行き先ができたからです。
養殖魚の餌になっています
いわしは、養殖魚の餌になります。
煮干し工場が原料として買おうとするいわしを、養殖の飼料に回すために買う人がいる。同じ魚を、別の用途が取り合う形になっています。
そして餌の需要は、養殖が伸びればそのまま伸びます。煮干しの側が「今年は要らない」と言っても、相場は下がりません。
その養殖魚は、加工されて海外へ出ています
ではなぜ、養殖がそれほど伸びているのか。
養殖魚は加工されて、海外向けの販売が好調なようです。円安ですから、海外から見れば買いやすくなっています。これにも原油高が関係しているようです。
もうひとつ、大きいと思うことがあります。
養殖魚がおいしいということが、知られてしまいました。
以前は、天然の魚がよく獲れた年は養殖の需要が落ちました。天然があるなら、そちらでいい、という動き方をしていたのです。いまはそうなりません。漁があっても、日本の養殖魚の需要が減ることは少なくなった、と見ています。
これが何を意味するかというと、餌としてのいわしの需要が、天然の漁が多い年も少ない年も、関係なく続くということです。一時的な品薄ではなく、そういう形になってしまった、ということだと考えています。
ここは当店が直接見ている部分ではありませんので、断定はしません。ただ、原料の値の動き方を見ていると、そういう力が働いているとしか思えない、というのが実感です。
そして、話が一周します
もうひとつ、聞いている話があります。
原油高で、中国やアジアの船が出漁を止めているそうです。燃料代が上がりすぎて、獲りに出ても合わない。そういうことなのだと思います。
天然の魚が獲れなければ、その分は養殖でまかなうことになります。養殖魚の輸出が伸びている要因のひとつは、ここにあるようです。
つまり、こういう流れです。
・原油が高くなる
・中国やアジアの船が出漁を止める
・天然の魚が減り、養殖魚の輸出が伸びる
・養殖の餌として、いわしの需要が増える
・煮干しの原料が高くなる
原油高は、2つの道を通って煮干しに効いてきます。ひとつは燃料代と電気代として、まっすぐに。もうひとつは、地球をぐるりと回って、原料の値として。
正直なところ、原油高がどこでどうつながっているのか、全部は見えません。私たちにも分からないところがあります。ただ、値の動き方を追っていくと、たいていどこかで原油に行き着きます。
「茹でて干すだけ」の中で起きているのは、こういうことです。
国内産業なのに、円安と原油高をまともに受けています
ここまでを整理すると、こうなります。
・獲る工程 … 燃料。原油高の影響
・炊く工程 … 燃料。原油高の影響
・干す工程 … 電気。燃料費調整を通じて原油高の影響
・原料のいわし … 養殖の餌との取り合い。その先に円安と海外需要
煮干しの加工は、国内でおこなわれている国内産業です。輸入品ではありません。それなのに、円安と原油高の煽りを、まともに受ける構造になっています。
「国産だから為替は関係ないでしょう」と思われるかもしれません。関係します。燃料は輸入ですし、原料の行き先が海外につながっているからです。
いわしだけの話ではありません ― サバ節の場合
同じようなことが、ほかの魚でも起きています。形は違いますが、根は同じです。
その前に、ひとつお伝えしておきたいことがあります。
いまのサバは、昔とは違います。高級品です。
「サバは安い魚」という感覚をお持ちの方は多いと思います。長いあいだ、実際そうでした。いまは違います。この前提が変わったことを頭に置いていただくと、この先の話が分かりやすくなります。
サバ節が高くなったのは、ノルウェー産のサバが獲れなかったことが要因のひとつです。
輸入が細れば、国産のサバに需要が集まります。ここまでは分かりやすい話です。問題はその先でした。
サバ節に使うのは、脂の少ないサイズのサバです。脂がのっていないぶん、切り身や干物としてはあまり見向きされないサイズでした。だからこそ、節の原料として回ってきていたのです。
ところが国産のサバ全体が高くなったことで、そのサイズまで食用の加工に回るようになりました。これまで誰も欲しがらなかったものが、急に取り合いになったということです。
「脂が少ないから安い」という前提が、崩れました。サバ節が高くなった理由は、ここにあります。
いま、サバ節の原料は上と下から挟まれています
もう少し正確に書きます。サバは大きさによって行き先が分かれます。
・形が大きいもの … 加工用(食用)に買われます
・形が小さいもの … 養殖の餌用に買われます
その間のサイズが、サバ節に使うサイズです。
大きくても買い手がつく。小さくても買い手がつく。そしていま、その間のサイズにまで買いが入っています。サバの絶対的な量が少ないため、両側から手が伸びてきているのです。
節の原料は、その真ん中にあります。難しい立ち位置です。
いわしのときは、餌との取り合いでした。サバは、加工用と餌用の両方に挟まれています。形の話ですので、獲れた魚の大きさしだいで、その年の原料の量が決まってしまいます。
いわしの話とは道筋が違います。けれど起きていることは同じです。その魚を欲しがる人が、これまでいなかったところから現れる。それだけで値は動きます。
煮干し工場は、小さな工場が多いのです
そして、これがいちばんお伝えしたいところかもしれません。
煮干しをつくっている工場は、小さな工場が多いのです。そして人手も要ります。獲れたいわしはすぐ炊かなければなりませんから、水揚げに合わせて人が動きます。機械だけでは回りません。
燃料が上がり、電気が上がり、人件費が上がり、原料が上がる。その全部を、小さな工場がかぶっています。
そして、人手が足りません
煮干しをつくる工程は、大変な仕事です。水揚げに合わせて動きますから、時間が読めません。獲れた日に炊かなければ、その魚は煮干しになりません。
そして、若い方は都会に出て行きます。残った現場の高齢化が進んでいます。煮干しに限った話ではありませんが、この業界ではとくにはっきり出ています。
近代的な設備を入れた工場もあります。ただ、そちらも慢性的に人手が足りません。煮干しの工場は、魚が揚がる場所になければ成り立ちません。その立地が、そのまま人の集まりにくい場所だからです。設備を新しくしても、この問題は解けません。
いまは、外国から来た方が一生懸命に働いてくださっています。その方たちがいなければ、いまの煮干しは成り立ちません。
ただ、原料が手に入らなければ、工場は動きません。動かなければ、その方たちに給料をお出しすることも難しくなります。
相場が上がるというのは、そういうことです。数字が動いているだけの話ではありません。その先に、働いている人がいます。
正直に書きます。いま、かなり体力が弱っています。
養殖の側を責めるつもりは、ありません
ここまで読むと、養殖が煮干しの敵のように見えるかもしれません。そうではありません。
日本の養殖魚は、ほとんどが赤字でした。長く苦しい時期が続いていました。いま輸出が好調で、ようやく報われている。それはよかったと思っています。
ただ、煮干しは餌と同じ魚を取り合います。どちらかがよくなると、どちらかが苦しくなる。なかなか難しいところです。
どちらが正しいという話ではありません。同じ1匹のいわしを、違う使い方が必要としている。それだけのことです。当店は煮干しの側にいますので煮干しの話を書きますが、向こうにも人の生活があります。
当店にできることをしています
当店は問屋です。つくる側ではありません。それでも、できることはあります。
買い続けること。そしてお支払いの面で、できる範囲のお手伝いをすることです。値が高いときに買い控えるのは簡単ですが、それをすると工場はもっと苦しくなります。
厳しい状況であることに変わりはありません。ただ、当店が売っている煮干しの向こうには、その工場があります。それだけはお伝えしておきたいと思いました。
お客様にお伝えしたいこと
値が上がっていることを、正当化したくてこの記事を書いたのではありません。高いものは高い。それはお客様にとって困ることです。
お伝えしたかったのは、「茹でて干すだけ」に見える工程の中で、いま何が起きているのかということです。理由が分かれば、いつまで続きそうか、何で代えられるかを考えていただけます。
代わりになるものについては、当店から具体的にご案内できます。カタクチイワシが手に入らないときは、マイワシ原料の平子煮干しやうるめ煮干しをおすすめしています。同じ煮干しだしとしてお使いいただけます。
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